壮年会例会(2月19日)

 18時より本堂にて、壮年会例会が行われました。

 「讃仏偈」をおつとめして、住職より「法然上人の生涯とその教え」と題した講話がありました。

 
 法然上人は、浄土真宗の宗祖親鸞聖人が師と仰がれた方で、言わずと知れた浄土宗を開かれた祖師であります。
 
 上人の出家の動機は、次の様に話に伝わっています。

 法然上人は、幼名を「勢至丸」といい、美作の国(今の岡山県)の豪族漆間時国の子として生を受けました。

 勢至丸が9歳の時、父漆間時国が荘園の管理をめぐり明石何某という豪族との間に争いが生じ、夜襲を受け生命を落としました。

 時国は、臨終の床に勢至丸を呼び寄せ、「決してかたき討ちをしてはならない。もし、大きくなって父のかたきを討てば、今度は討たれたものの子が、お前の生命を狙うことになる。」、「怨みをもって怨みに報いることなかれ、怨みに報いるに恩をもってせよ。」との釈尊の言葉を引いて、固くかたき討ちする事を禁じました。

 勢至丸は、父の戒めに従い、母に連れられて近くの寺で得度をしました。そして、その才が認められて13歳で比叡山に上り、やがて智慧第一の法然房と称されるようになりました。

 比叡山でそれほどまでに称えられた法然上人ですが、43歳で比叡の山を下り、東山の吉水に念仏道場を開きました。

 そこで法然上人は、念仏一つで救われる仏道を広く説き広められました。

 法然上人のその徳を慕い、多くの道俗男女がそのもとに集いました。

 親鸞聖人も、そういう一人でありました。

 法然上人も親鸞聖人も、その時代に生きる人々の苦悩に寄り添い、み教えをその時代・社会にふさわしい表し方をされました。

 私も今を生きる念仏者として、この時代この社会に生きる人々に響く言葉で、み教えを伝えていかねばならないとあらためて感じさせて頂きました。


 講話のあとは客殿に移り、坊守と若坊守の作った食事を頂きながら親睦を図りました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック