除夜会(12月31日)
15時より本堂にて、今年最後のおつとめとなる除夜会をつとめました。
日本の歴史に刻みこまれることになった2011年も、間もなく終わろうとしています。
震災前の日本は、グローバルな市場経済の渦に巻き込まれ、格差社会や、勝ち組負け組、無縁社会、そんな言葉がやたらと目に付き、人と人との温かい心の触れ合いというものが薄れてしまっているのでは…、という思いがありました。
年末恒例の今年の漢字が「絆」であったように、避難所でお互いに持ち寄った食べ物を分け合ったり、病人やお年寄りにストーブの近くを譲るという光景が随所で見られ、また日本中の人々が被災された方の為に何かしたいと行動を起こしました。
そして、人の為に何かをさせて頂く時に大きな力が発揮されるという事を、私も含め多くの人々が身をもって体験させて頂いた事であると思います。
後世の人々が、あの震災を機に日本人が、人と人はお互いに寄り添い合い、支え合いながら生きているんだということをあらためて認識し、温かい社会を築き上げていった…、という風に感じてくれるよう私達はつとめていかねばなりません。
鴨長明の『方丈記』に、元暦の大地震を含む5つの災害の様子が描写されていますが、「地震の直後は皆、この世の無常を実感し、欲望に振り回される生き方を反省するようなこともあったが、しばらくしたらもう誰もそんな事は言わなくなった。(人皆あぢきなきことを述べて、いさゝか心のにごりもうすらぐと見えしほどに、月日かさなり年越えしかば、後は言の葉にかけて、いひ出づる人だになし。)」とあります。
震災の時は、「絆」とか言ってたけど…、というようなことにならないよう本当に気を付けねばならないと思います。
また、この震災で危機的状況に陥り未だ予断を許さない原発の問題、エネルギーの問題ということは、真剣に考えていかねばならないことです。
私達人間というのは、ほっておけばどこまでも欲望を膨らませていく生き物です。
その欲望を満足させる為にこれまで通りの形で行くのか、それとも新たな道を見出す努力を行うのか、短期的・中期的・長期的・文明史的視点に立って議論していくとともに、まずは私の生活を見直すという事が大事なことでしょう。
やはりこれだけ便利で豊かな社会で、昔に戻るということはそうそう簡単には出来ないでしょうから、現実的なところからまずは「少欲知足」、出来ることから実践してまいりたいと思います。
それでは、除夜の鐘の音とともに新年を迎えたいと思います。
来年は、皆さんにとって良い年でありますよう心より念じ上げます。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
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